現代経営学の父、故ピーター・F・ドラッカー教授は、著書『断絶の時代―来たるべき知識社会の構想』(ダイヤモンド社, 1969年)の中で、「社会人教育の発展が意味することの一つは、科目のそれぞれに学ぶに適した時期がある。」又、「重要な科目ほど経験を積んだ後のほうが学びやすい。しかも、それらの科目の多くは、まさに経験を積んだ者が必要とする知識でもある。」と述べている。八洲学園の社会的意義の重要性を再認識させられる記述である。
さて、経験を積んでから学んだ方がいい学問はいろいろあるだろうが、経済学もその一つに違いない。 経済学の範疇も経済理論から財政、金融工学、計量経済と多岐に亘るが、お金を稼いだことのない学生がどれだけ真剣にこれらの学問に取組めるか疑問である。一方、社会人となり経済活動を経験してみると経済原理に対する知的欲求が沸いてくる。日本経済がグローバル経済と密接な関係を持つ時代にはなおさら、その本質を理解し自分の将来を考える礎となる。
今の混沌とした世界の金融・資本市場を目の当たりにすると教授の言葉を痛感させられる。アメリカのサブプライム・ローン問題(つまり借金を返済出来そうにない人たちにまで住宅ローンを貸付け、銀行はその貸し倒れリスクを回避するため、その債権を証券化し投資家に安全商品として転売したが、結局住宅価格が下落し不良債権となった。)は、全米第4位の証券会社の倒産、最大の保険会社の国有化に始まり欧州・アジアにまで飛び火している。金融業は本来「信用・信頼」の上に成り立っているビジネスだが、銀行間の信頼関係が崩れ資金の必要な銀行に資金が回らず倒産の危機に瀕している。当然ながら金融問題が長引けば、一般企業にまでその余波が及ぶ。1929年10月24日の「暗黒の木曜日」から世界経済は大不況に突入し、アメリカの生産額は3年間で約半分、失業率は約25%と四人に一人が失業者となった。各国政府・中央銀行は事態の重大性を認識し対応策を模索しだしている。その際に有効となるのが学問である。経験を積んだエコノミスト達が、系統付けされた経験の集大成である学問を研究し、真剣勝負で世界大恐慌の再来を回避しようとしている。
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