校長 谷口充

vol.1
『専攻科をつくって』

2003/10/01

「本校は1996年に大阪府堺市に開校した鳳経理専門学校の高等課程を母体にしています。その後高校進学率の増加や15歳人口の急増などで高等課程の進学率が高まり、それと相まって技能連携制度の確立により通信制高校の卒業資格も取得できるようになって生徒数が増大していきました。1980年代以降は専門課程を移転し校名も鳳商業高等専修学校として独立し本校校舎と少し離れた場所に建設した体育館校舎で700人近い生徒数が在籍していました。
 しかし、1990年代に入って一転15歳人口の減少と同種学校の林立で生徒数が年々減少傾向を示しました。また1994年には本校を設置する法人が通信制高校を設置し更に生徒数が激減し、ついに100人を下回る事態になりました。
 そんな中でどうも今までの生徒達とは異なる生徒達が目立ちはじめ職員室では教員達がいろいろ議論をしていました。きっかけは体育の教員が「学校体育の授業が出来ません。」と言った一言でした。詳しく聞いたところマット運動で前転を教えてもマットを敷いていないところに転がって痛がったり、バスケットをしてもすぐに喧嘩になり、ルールを教えても守らないということでした。また別の担任も教室にゴミがやたらと目立ち、喫煙や単車乗車という校則で禁止していることでも自慢げに話し、それが別に反抗している風でもないというものです。この他授業中での私語や学力問題など様々な問題が一気に教員の口から噴出したとも思えるものでした。
 どう理解していいか分からない日々が続きました。当時教頭の自分も教員に明確に指導の仕方を示せないで悶々としていました。そんなある日の新聞にLD(学習障害)の記事が目に飛び込んできました。この記事は本校のことを書いいるのではないかとさえ疑いたくなるような内容だったことを覚えています。早速教職員にその記事のコピーを配布しそこから本校の学校改革が始まりました。今から7年前の1997年のことです。
(次回につづく)