校長 谷口充

vol.2
『専攻科をつくって2』

2003/10/01

始めの一年はLDの勉強からのスタートです。専門書を読み、親の会に連絡し他校を見学する日々が続きました。毎日、新聞を見てはLD関連の記事を捜し、講演会や講習会があれば早速申し込んでいました。東京の飯田橋であった講演も日帰りで聞きに行き、真剣にノートを取り一言も聞き漏らすまいとテープに録音し危うく帰りの新幹線に乗り遅れるところでした。またテープは通勤のマイカーの中で往復聞き、帰宅してはノートと照らし合わせて理解していました。お陰でLDについては少なからず知識が身についたと思います。その後日本LD学会や関連する学会に入って本格的に勉強しましたがはたして本校の生徒がLDだけであるのかという疑問と本校が後期中等教育として実社会前の最終学校という立場で、しかも学んでいる生徒が青年であるということを考えれば学校生活だけではなく卒業後についても考えなければという結論に達していきました。  当時の進路指導は進学が可能な生徒には出来るだけ併設する専門学校に進学を勧めることを前提に、温厚で従順な生徒には本人の意向よりも教員と保護者の意向と上場企業に就職させることが人生最大の幸福とばかりに就職させました。しかし大人の思いとは裏腹に本人は我慢に我慢を重ね、言いたい事も言えず、嫌々働き、結果として職場で孤立化し退職していきました。結局預かって卒業だけさせてその後は知らん顔しているだけの進路指導のあり方を変えなければ本当の進路指導とは言えないという結論になり専攻科につながりました。彼等はけっして今すぐに働きたい訳ではなく、むしろやっと学校生活で自分が発揮できた頃が卒業という時期ではと思います。自分が自分らしく発揮できる場所としての専攻科があればその後の人生に変化があると思えてなりません。
(次回につづく)