小林 茉紀さん(新潟県)

在校生・卒業生の紹介

担任・副担任の先生達が、クラスの在校生・卒業生を紹介します。

小林 茉紀さん(新潟県)

遠回りしたけど、これでよかった

小林 茉紀さん

出身地:
新潟県

いじめを見逃せない正義感で、学校での居場所を失ったという小林さん。転校を決めたのは、卒業を間近に控えた高3の3学期。「自分でもショックだったけど、どうしても無理だった…」。その後サポート校に通いながら、八洲国際で単位を修得し2007年9月に卒業。八洲国際に転入したいきさつやスクーリングで感じたことを話してくれました。

自分が高校を転校するなんて、考えてもみなかった

小・中学校の頃から人間関係でずっと悩んでいました。周りにすごく気を使うタイプ。自分なりの正義感やこうしたい、っていう気持ちはあるけど、「全部、自分が悪い」、と思い込むことで片づけて、人と衝突することを避けていたんです。もう限界だと感じたのが高3の時。
それまでにもいろいろあったんだけど、クラスで仲間はずれが起きた時、「気に入らないから」という理由で仲間外れにするなんて、私には理解できなかったから、やっている子たちに「よくない」ってはっきり言った。仲間はずれをしている子たちは、「自分がされたら絶対嫌だけど…」って言葉をつまらせていました。「でも、集団になると仕方がない」と。声をあげたけど何も変わらなかった。過去に、自分自身が嫌がらせや友だちの裏切りでかなり悩んだから、許せませんでした。教室では作り笑いをしているだけで精一杯。内面では、「表面上だけのつき合いなんて要らない」、何が正しくて、何が正しくないのかとか延々と考えてました。授業中に保健室に駆け込むことも。ある時、むりやり保健室でテストを受けさせられて以来、保健室にも行かなくなりました。今となっては「迷惑かけた」と思いますが、当時は「学校での唯一の居場所を失ってしまった」と感じ、悲しかったし、なにより寂しかった。その上、家族との関係でも悩んでいて、家に帰っても居場所なんかない。気持ちをどこにも発散できなくて、ずっと溜め込んで…病院にも通ったけど、ダメ。高3の11月頃、「もうこれ以上は無理」って思って、親と話し合って休学しました。

「みんないろいろあるんだ」と感じたスクーリング

小林 茉紀さん(新潟県)

前の高校には行かなくなったけど、「大学に進学したい」と思っていたので、冬休み中に考えて年明けからサポート校(葵学園)に通い始めました。そして、そのサポート校が提携している八洲国際に転校して卒業を目指すことになった。学習は穴埋め式のリポートが中心、特に難しく感じたことはなかったなぁ。
リポートを終えて、参加した沖縄集中スクーリング。もちろん初めて会う人ばかり。1日目は帰りたくて泣きそうでした。でもだんだん環境にも慣れて、結構楽しめました。在校生、みんな年齢が分からないですね(笑)。一緒に過ごすうち、私も不登校や転校を経験したのだけど、「みんなそれぞれ、いろいろあるんだな…」って。高校中退に対して、相当イメージを悪く思っていたのだけど、その気持ちも変わりました。スクーリングで友だちもできました。今度その子のところへ遊びに行きます。これまでの私は先生と話すのが苦手で、必要最低限のことしか話さなかったけれど、やしまでは、先生がみんなフレンドリー。このスクーリングで単位を修得して卒業だけど、また来たい、って思いました。

写真を撮るのが好き。卒業後は芸術系大学へ進学

小林 茉紀さん(新潟県) 2007年9月スクーリング の調理実習で、沖縄のお菓子「サーターアンダギー」 にチャレンジ^^

学校(沖縄県本部町)の周りは、自然が豊かで海がきれい。朝、散歩しながらデジカメで写真を撮りました。「なんにもない」って聞いてたけど、そんなことない。美しいものがいっぱいです。私、写真を撮るのが好きなんです。転校後の6月、大学生の姉が暮らす京都へ旅をした時に撮り始めました。結構、センスあるんですよ(笑)。今行きたい場所はイタリアのフィレンツェ。歴史のある建物や美しい風景に惹かれます。
今年の春、芸術系大学へ進学します。進路については、親ともめたこともあったけど、最終的には母の「自分の好きなことみつけて、一生懸命やって」という言葉に励まされて決めました。大学を出たら、経済的にも自立して親孝行をしたいです。少し遠回りしたけど「これで良かった」と今なら思えます。家族・サポート校の葵学園や八洲の先生たち・友だち、多くの方々のおかげでここまで来ることができた。本当に感謝しています。