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中田雅敏の研究室便り

玄鳥来る

2015/05/29

 これからの季節は燕がやって来る。蛙が夜通し鳴いている。田んぼには、蓮華の花が咲く。どこからか茶摘み歌が聞こえて来る。初夏の季節は鯉幟りも高々と泳いでいる。かつては蚕を養う桑畑が茂り、赤く実った桑の実もおいしかった。桜の木には小さい「さくらんぼ」がたくさん実をつけた。学校の周囲には大きな桜の木がたくさん植えられて「さくらの実」がいっぱい赤くなった。休み時間にはみんなで木に登って「さくらんぼ」を食べた。先生はにこにこして下から見上げていた。

 これから見せに出廻る「さくらんぼ」は桜の木の実ではない。バラ科の落葉高木に実がついたもので、本当は「せいよう実ざくら」という。またこの実は正式には「桜桃」であって「さくらんぼ」ではない。だから太宰治の自死した忌日を「桜桃忌」というのである。茱萸の実、さくらんぼ、桑の実、枇杷の実、こういう果実がどこの家にもあって、腹がすくと、どこの家のものでも木に登って沢山たべたものである。だれもおこることもなかった。木から落ちても怪我などをすることもなかった。つくづくよい時代に生まれたものである。終戦の年に生まれ、今日の繁栄まで平和で、右肩上がりの実にめぐまれた人生である。

 東北本線という列車があった。上野から青森までただひたすら一本の線路であった。

① みちのくの母のいのちを人目みん人目みんとぞただにいそげる
② 死に近き母に添寝のしんしんと遠田の蛙天に聞ゆる
③ 桑の香の青くただよふ朝明に堪えがたければ母呼びにけり
④ 山いづる太陽光を拝みたりをだまきの花咲きつづきたり
⑤ のど赤き玄鳥ふたつ屋梁にゐて足乳根の母は死にたまふなり

奥羽本線が山形まで開通したのは明治三十四年四月十一日である。斉藤茂吉は東北線から奥羽本線を通って山形に向かった。福島県と山形県の県境には板屋峠がある。吾妻山はその県境にそびえる。吾妻連峰の山である。茂吉は夜汽車で東京をたった。夜がしらじらと明けると五月の残雪にかがやく吾妻連峰が見えた。ふるさとの吾妻山を見て茂吉は詠んだ。

 吾妻やまに雪がかがやけばみちのくの我が母の国に汽車入りにけり

これは斉藤茂吉が母の病を知らされて故郷山形県上の山まで、帰り母の臨終に立ち合うまでの歌である。まず家に入るや「はるばると薬を持ちて来しわれを見守りたまへりわれは子なれば」と詠み始める。こと後、一気に母の命終まで十四首を詠み「死にたまふ母」と題されており余りにも悲しくもあり、名作でもある。この十四首にも、「をだまき」「蛙」「蟆子」「蚕」「燕」など茂吉が子どものときより愛してやまなかった花々や小動物が詠み込まれている。「我が母よ死にたまひゆく我が母よ我を生まめし乳足らひし母よ」は絶唱である。私も牛や山羊の乳で育てられた。

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